どうも皆さんこんにちは
長谷川です。
私の子供の頃は両親が共働きです。
義務教育が始まって割と早い時期から家に帰っても誰も居ない、俗に言う鍵っ子です。
父親は毎日私が寝る時間近くに帰宅。
母親も夕方まで居ないことが多々ありました。
両親が目の届かない時間がある家庭は今でもたくさんありますが、これが反抗期の引き金になったのかどうかは正直わかりません。
ただ、頭の中に残っている情景として
夕暮れ時の中、誰も居ない家で一人窓の外を見つめている。部屋の電気をつけるのは嫌いでした。
子供ながらに感傷に浸っていたのかな?
単純に、寂しいと感じていたのは確かです。
満たされない心の隙間。
持て余した時間の使い方は自分と似た人間と過ごすようになりました。
日中起きた出来事を理解してくれるのは家族ではなく、そうした境遇を感じ取れる同じ仲間に自然となっていきました。
昔は沢山いたんですね〜(笑)
家族とのまともな会話もほとんどありません。その日起きた事は本人からしてみれば「もう終わった事」
仕事から帰って来た親にわざわざ話すような事はしません。
初めて学校側や忘れた頃に聞かされる両親は実に不安だったと思います。
当然親子の間にギャップが生まれます。
お互い歩み寄ろうにも全く歩幅が違います。
少年は親や先生の考えている常識の先の先まで駆けて行きます。
そして大人と話す会話にもお決まりの質問ばかりが飛び交います。
何を考えているのか?どこへ行って何をしていたのか?悪いと思っているのか?
一見、質問されているようですが、実際は大人達が一方的に話しているだけだと感じていました。
これが「既成の枠」には収まりきらない心の問題ですから当然です。
どんなに綺麗事を並べても当時の少年には全く響きません。
むしろ逆効果です。
親といえど「その他大勢の人」と違わないと認識してしまいました。
では私の親は当時の私に対してどうしたのでしょうか⁈
続く〜^ ^