社長の小言

血縁

どうも、長谷川です。

ご無沙汰しております!

私の小言もかなりの間が空いてからの再開です!

なんせ小言ですので気まぐれにいきたいと思います(笑)

私には4つ上の兄がいますが、思春期のその当時も兄は兄で思春期です。

これもまた激しくぶつかり合いました。

小学生の頃はいつも兄にベタベタして一緒にどこでも行きたがる弟でした。

それが突然思春期とともに一気に溝ができてしまいました。兄は母親っ子です。私はその母親と衝突しました。兄との関係もその事が大きな要因の1つだと思います。

自分でもどうする事も出来ずに距離を置いて生活するようになりました。

母親と仲良くする兄に対してどこか羨ましくもあり、嫉妬のような想いも抱いていたのだと思います。

今でも思う事ですがTVや周りの人達の中でも仲のいい兄弟の様子が美談として語られる事がよくありますが、私はあれが羨ましくて仕方がありません。

はっきり言えることがあります。

いくら親兄弟と言えど、心が全く通わない事も普通にあるのです。

血が繋がった人間なんだから、と親戚やご近所さんからも言われましたが、お互い見ている景色が違い過ぎました。

私の母型の祖父は茨城県で病院を営む立派な医者でした。

帰省する時も駅からタクシーで向かうのに運転手さんには「○○ですけどわかりますか?」と言うだけで案内してくれます。

母親の弟も歯医者。姉は保護士、その旦那さんは裁判官(こんな事言っていいのだろうか?笑)

その息子も歯医者、娘は当時埼玉県の1、2を争う秀才で弁護士を目指していました。

食卓のテレビは常にNHK(笑)

私にしてみれば別世界の住人。

とても同じ血が流れているとは思えなくて、居心地が悪くて仕方がありません(汗)

兄はそんな血縁に特に違和感なく溶け込んでいました。

しっかり勉強をして進学することを念頭に置き、日々生活する事が当然だったのだと思います。素晴らしい事です。

が、私はそれと「同じ」がたまらなく苦痛でした。その景色は私には興味がありません。

当時、私の将来について親に留まらず親戚までもが私の行く末を暗に誘導するかのようにあーでもない、こーでもないと語りました。

でも「私の意見」は上の空の面々。

関係性は薄いのにただ血縁にあると言うだけで土足で入り込んできます。思春期の私にレールの上を歩けと強要する事は危険です。

そのことに早くに気づいていたのはやはり母親だったと思います。

いつしか母親の口からは将来についての言葉をさほど聞かなくなりました。

激しい反抗期のせいで目まぐるしく過ぎて行く日々に、さすがの母親もこの子は我々とは違うと認めざるを得なかったのかもしれません。

可能な範囲ではありましたが、やりたい事をやりたいようにやらせてくれる。

当時は全く感じ取れなかったのですが、今でもその事を思うと両親に感謝です。

そうなってから私は少しずつ自分のやりたい事を探し始めました。

孤独と言えば確かに孤独ですが、質の部分で全く違う孤独。

ポジティブな孤独感。

自身の未来予想図を描く為の誰も干渉することの出来ない1人の時間。

自分の内面を見つめる時間がその頃から1日の大半を占めるようになりました。

カウンセリングの先生からもそうする事を促されたのも影響していますが、その時間が自分にとって大切な時間になっていました。

そうした時間を作る事が習慣になり始めた頃私の中学生活も終わりが近づいて来ました。

続く〜^ ^