社長の小言

心のずっと奥の方

どうもこんにちは

長谷川です。

唐突ですが、私は純粋で素直な人間です^ ^

はっきりと言い切れます。

もしそうでなくても、純粋で素直な人間でありたいと常日頃から想って生きています!

それが私の最大の個性であり本質だと自負しております。なんといっても自分の事は自分が一番理解していますから^ ^

ただ、これは良い面と悪い面両方が混在する事も忘れていません。10代中頃を過ぎるまでは、まるでわかってはいませんでした。

私は以前のブログで犯罪などの過ちを犯す未成年や不遇な環境に苦しむ人たちについても彼等はおそらく純粋であるだろうと述べました。

要するに、はみ出し者はみんな純粋なんだと思うんです。実際の社会はそれでは生きづらいのはみなさんも感じているのではないでしょうか?

純粋が故に何色にでも染まってしまう。

善にも悪にもなりうるんだと思います。

バランスが大切ですね。

自由と規律のバランスです。(←これについてはまたいつかきちんと話したいと思いますが、今回は一度置いといて……^_^)

だから、一人ひとり向き合って語り合って、分かち合うことで、少しずつ光の方へ、すなわちそれぞれの正しい道へ近づけるようになるはずです。

これはもし身近にあっ、この人はちょっと変わってるな。と思える人が居たとして、そこで放っておいては何も解決はしないのではないでしょうか。

諦めたらそこで終わりだと思います。

はみ出し者は悪でしょうか?

はみ出し方にも限度がありますが、その答えは「NO」です。

以前述べましたが、

私の母は決して諦めませんでした。母の中では私と向き合う行為が善だったのか、もしくはそれを考える余裕もなかったのか、そこに選択肢すらもっていなかったかもしれませんが唯一、諦める事だけは何があってもしていなかったのは私が知っています。

私は、「彼ら」と同じように当時は何で生まれて来たんだと毎日自問自答していましたし、来る日も来る日も闇の中にいるようで、自分の存在理由を否定して生きていました。

ですが、自問自答を繰り返すうちにその事が悪い事ではないと思うようになりました。

それは心の奥の方での気づき。

この時間は実はすごく貴重なのではないか?生きる意味を求める事自体に意味があるのだろうか?周りの同級生の中にこの「時間」の中にいる人が一体何人いるのだろうか?

まるで心のずっと奥の方に辿り着いたような気持ち。(今の若い人は知らないかなぁ?是非ザ・ブルーハーツを聞いてみてください。彼らこそが私の思う「純粋の極み」です!)

これってきっと特別なこと。

もしかしたらこれこそが自分の求めていた「自分らしさ」なのではないだろうか……。

そうしてこの自分の世界を現実社会に照らし合わせる作業を繰り返します。

数々のシミュレーションを頭の中で行うのです。

イメージに次ぐイメージの連続。

発想を巡らせる事こそが自分の特徴……か?

そんな私は大人になった今でもよく言われる事があります。

「君は多くを語らないからたまにわからない」

…………はい。その通りだと思います^ ^

言葉で伝える事に重きを置いていないからでしょうか。かなりの確率で自分の人様に対する印象に誤解を与えているのは十分承知しています。

こうして書き綴っているのは1つの結論を出すまでに至ったからです。

簡単です。

これが自分だから。これこそが私のアイデンティティの根源。自分たる所以。

多少の否定でブレるような弱いものではありません。

他人にはない自分だけが持つ強みの一つ。

自信の源です。

これを否定する事自体が人生において最も無意味な事だと気づいたからです。

だから書きます^ ^

このブログを読んでいる方にもしもご自身の事や子供の事、周りの大切な人の事で悩まれている方がいるのであれば少しでも視野を広げる事や、気づきのきっかけになれば私は本当に嬉しいです。

続く〜^ ^