社長の小言

静か

皆さんどうもこんにちは

長谷川です。

これまでに中学生の頃についてかなりの駆け足で(これでもだいぶ端折ってます^ ^)書き綴って来ましたが、激動の中学生も終わりいよいよ私も華の高校生となりました。

……はいっ。嘘をつきました。

華の高校生活とはならないのがまた私の変わり者たる所以です^_^

以前のブログにも書いた通り中学生のときのツケを高校生活で私は払う事となります。

どうなったかというと…………

静かになりました、はい。

周りの華やかな雰囲気とはまるで別世界です。校内において俗に言う青春とやらは皆無でした^ ^

ちょっとした事にも物凄い熱量で喜怒哀楽を表現してきた中学生のときは違い、全くテンションが上がりません。

今振り返って思う事は

例えるならば、あれはガス欠です。

それまではかなり燃費の悪い生活をしてきました^ ^

どんな相手にも尖った態度で接し続けて来ましたが、それがおかしいと中学生最後にして気付いた私は高校生活の始まりと同時に考え方や物の見方に変化が訪れました。

何事も俯瞰で捉えるように。

特に意識してそうしたわけでは無かったと思いますが自然とそうなっていました。

周りの学生がキラキラして見えたのも余計に私の中では色濃く区別されたのだと思います。

今の私の特技にその人の本質を見抜く目があると思っています。

他の人からの情報であったり評判とは別のもので、あらゆるフィルターを通さず自分の感じるままにその人を見る心の目?があると私は捉えています。

もちろんその時のコンディションによって精度のばらつきは感じられますが基本的に大まかな人の区別は出来ます。

区別とは。

嘘か本当。善と悪。生と死。

みたいなものですね。

これ、誰でもわかるだろうと思われるかもしれませんが意外と難しいです。

例えば……

100人に嫌われていると言われる人があなたの前に現れました。(あくまで犯罪者にならないレベルでですよ^ ^)

その人は恐らくあなたに悪態をつくでしょう。まるでいつかの誰かのように……^ ^

これってとても面倒な状況ですね。

おそらく誰しもが「嫌われている人」といったフィルターを通してその人間を捉えて接する事でしょう。

このフィルターが非常に厄介です。

このフィルターが自身も相手も人生を大きく左右します。

面倒なので多くの人は「自分はあなたを嫌ってはいない」といった態度で接するのは想像するに容易だと思います。もしくは適当な相槌で終わり。

後で「あれはやっぱり評判通りの嫌われ者だ」と揶揄するかもしれません。

それが重なって100人ですから。

その場を当たり障りなく適当にあしらうのが最善と考えるでしょう。

皆さんはこの状況を見てどこに本質を見出しますか?

私にとっての「本当」は100人に嫌われている人です。

「善」であり「生」であるのはどう考えてもそちらです。

100人が嫌う人でさえも1000人規模で見てみればその中に嫌われ者を認める人も1人は必ず出るでしょう。

その1人にも類は友を呼ぶ法則がありますから必ず100人の同士が存在すると私は考えます。実際世の中誰かが誰かを必要とし廻っています。

自分の目の前の相関図ではなく世界規模でイメージすると100人の嫌われ者が100人の革命人である可能性の方がなんだか高そうです^ ^

バカバカしいと笑われるかもしれませんがこういった「勘」もバカには出来ませんよ?第六感なんて言いますが、ある日突然勘が働くようになんてなりませんからね。日々のイメージの積み重ねで降ってくるものです。きっと。

嫌われる道にいる人は誰かに悪態をつく態度も当然止められたりしてきたでしょうが、世の中を変えたくて常識を破るためにあえて嫌われ者を買っているかもしれません。

忘れてはいけないのが誰もが羨む「勇気」の持ち主であるのは間違いありません。

しかも100人に嫌われてもまだブレない芯の強さに魅力すら感じます。

私はそうした人が目の前に現れると瞬時に好奇心が湧きます。

だって少なくとも一歩は踏み出してますよ。

最初は嫌われてなかったんでしょうから。道の始まりにもし二択が選べるとしたらほぼ全ての人が嫌われない道を選ぶでしょう?

立ち止まっていたら後退しているのと一緒です。時間はとまりません。

やりたい事があるなら周りの人に何を言われてもやり通す事。それこそが生きる上での人の持つ本質だと私は考えます。

私にとっての善は誰かにとっての悪であるように、幾重にも人間模様は重なって見えるかもしれません。それでその人の全てを決めてしまうにはあまりにも勿体ないです。

ぜひ心の色眼鏡を外してフィルター無しで見てみてください。

全てはゴールからの逆算においてたまたま善であり悪だっただけでしょう。

やり遂げてしまえば必ず人々に感動を与え賞賛されるのが世の常です。

100人からの嫌われ者はいつか100万人の救世主になるかも?しれません^ ^

と……まぁ妄想の中であまりにも極論をまくしたてましたが、

こうした感覚みたいな物は高校時代の「静か」の中で研ぎ澄まされ社会で役立つ事となりました。

その当時の根暗君には知る由もありませんが^ ^

そして

「出会い」の価値にも気づいて来た年頃。

続く〜^ ^