インプット<アウトプット

皆さんこんにちは 長谷川です。

前回からかなり間が空きましたが久々に再開してみようと思います。
もう少し詳しく高校生活を思い出してみます。

以前にも書きましたが高校生になった私は中学生の時と違って他者との関わりが極端に減りました。良くも悪くも……。
少しずつ落ち着いて来たんですね。まだまだ未熟者である事には変わりませんが。
教室内でも極力声を発する事もなく、友達作りにも全く興味がありませんでした。私を知らない人の多くはあいつは何を考えているのかわからないと思っていた人も居たと思います。
目つき悪くて喋らない。嫌な奴ですねぇ~(笑)


でも私としてはそうした時間は全く苦でもなく、むしろ静寂感(ただの1人ぼっち?)が心地よい日々でした。周りの評判などただの雑音程度の感覚で、そうした感覚に慣れた時に周りの事がわかるようになって来た感覚を覚えています。
学校生活は確かに退屈な時間で嫌いでしたが全てが無駄だとは思っていません。自己表現の場がそこではなかっただけですし、強くそう信じ切っていた事は今でもしっかり覚えています。逆に自分のやりたい事、思っている事を見直す良い機会になりました。それまで頭の中グチャグチャでしたから。



こんな事言ったら怒られそうですが今の若い世代の子達に学校生活を強制するのは間違っていると思います。あくまで学校は主体的に行くべきです。やりたい事が無いから学校へ行く。それは寂しい事ですが何かを見つける為に学校へ行くのは何もしないより絶対いいと思います。何が起きるかわかりませんからね。

そして生活する中でやりたい事が見つかったならそれはとても幸運な事です。やりたい事を推し進める過程で学校というものが弊害となっていたならば学校へ行かなくても仕方がない部分はあると言えます。
事実それで大成する方も大勢いますし、そこを否定したところで所詮本人には届く事もないでしょう。

私的には高校生ともなれば同じ時間、同じ教室に全く個性の違う人間が共存する事の方が違和感があります。それぞれの素晴らしい感性を最大限に活かすには今の学校制度では歪みを生んでしまうだろうなと常々思っています。昔よりシステムは柔軟になったのかもしれませんが、それはならざるを得なかった結果論だと思います。リアクションであり後手です。間違いなく多くの犠牲の上に成り立っていると思います。大学等はその先の受け皿の役目なのでしょうか。

それまで見守って来た大人達はその先へ進むと決めたなら「延長戦」ではなく「明確な目標達成の手段」として進学してほしいでしょうね。


私は自分の子供達にも伝えた事ありますが
学校とは、学校で教わらない事を教わる為にも有るのだと話しています。無駄だと思う事を知る事で見えてくるものがあります。
学校がつまらないつまらないとよく言う子達ですので親としては少々困りますが^ ^
学業を終えた後に現れるであろう目の前の課題を、自分の力で考え判断し実行する力、すなわち自立を社会では必要とされます。
洞察力とも言えるかもしれません。普遍的に物事を見抜く力。必要不可欠なスキルです。
私は学校教育でそれらを取得した実感を得られませんでした。むしろ当時の教育は私にとっては逆行していたかもしれません。右に習えの教育でしたから。

確固たる自立心は私の場合学校ではなく放課後、もっと言えば中学生の時に少しずつ身に着いたものだと思います。
皮肉な事にそれに気づかせてくれたのは他ならぬ学校なんですよね。
ですから学校で教わらない事を教わる為に学校は有る。
どうしてもそう思ってしまいます。あくまで私見ですが……。子供達には常にアンテナを張っておけと伝えて学校生活に送り出しているつもりです。つまらないと感じるのは自分の能力不足、だから昨日の自分を越えるような事を自分で探せと。それを見つけられるようにアンテナを張っておけと伝えています。
他者の思考に依存して自身の考えを表現出来ない人は世の中に感動を与える事は難しいのではないでしょうか。兎角日本人はそれが苦手な人種だったりしますが。恥ずかしがり屋が多いですからね。



要するにそうした表現力を培う為に学校の仕組みで利用出来るものだけ利用している。
私はその程度の感覚で学校生活をしていました。軸足は完全に別に置いていました。
そうでない人は先の事を考えた上で、勉強が必要だと思うのであれば誰よりも専門的に勉強をする必要がありますし、またそうでもない場合は一定の水準までカリキュラムを習得出来たならば他に時間を費やすべきです。仲間が必要であれば友達作りに時間を費やすとか。
何が人生に必要であるかは自分で決めるべきです。
それでも学校へただただ通っておけと言う制度を作った大人達に私は聞きたい。
正直に答えて下さいね?と前振りをした上で。
貴方達の考えは最終的には「根性論」ではないのですか?と。
辛くてもがんばれ!みんな頑張っているんだ!
協力しろ!足並みを揃えろ!点数を取れ!
前はそれでよかったのでしょうね。
たが単純にもう時代が違う。
それでは生き方は伝えられない。
ちょっとあまりにも盲目的すぎやしませんか?
人は数字じゃ測れないですよ。大卒より能力の高い中卒は大勢います。問題は自分の能力に気付きそれをどこでいつ活かすかですからね。小さな能力も研ぎ澄ませば超一流になり得るんです。



大人達には学校が居場所ではないと思っている人に「君にとって他に違う道はないか?」と是非一緒に探してあげてほしい。学校退学者は劣等生ですか?もしかしたらただ寂しいだけで学校に居たいだけかもしれないじゃないですか。彼等なりのSOSかもしれない。
でも本当は狭い教室の中が人生ではない事は大人達は皆知っています。
ならば教えてあげれば良いでしょう?
事実としてここでは学べない事が山の様にあると。生きる事を学ぶのはみんなの好奇心が全てであると。途中で判断を替える事は諦めではなくて勇気、英断です。
そうすれば皆その環境を与えてくれる大人を好きになり、そして学校という仕組みを好きになり、より多くの人が自己表現の機会を見つけられれば、より一層自分という物を表現する事を考えて前向きに生活出来ると思うんです。学校というものはそれまでの準備をさせてくれる素晴らしい場所であるべきです。
だからもし1年で準備出来たなら時間は有限ですから一刻も早く辞めた方が良いと思うんですけど、これ言うと頭おかしいなんて言われちゃうんですよね^ ^

でもね……
いくら一生懸命に長い時間使って詰め込んでも、詰め込んだ物を先の人生で自己表現出来なければその環境はその人にとっては不要だったのではないですか?だから好奇心を絶やさないような環境を見つける方が数倍大切だと思います。学校の務めはそれの手助けではないのかなぁ?

インプット<アウトプット
です。このバランスは覆る事はありません。
教わるは易し、伝えるは難し。

こればかりは経験しないとわかりません。例えば自分が子を持つ親になって初めてわかった事なんて正にそうだと思います。

あの激動の時期に私に関わってくれた人達はどれだけ私の為に気を揉んでくれた事か……。



反省行脚したいくらいです(笑)

よし、がんばろ。



続く〜

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株式会社 G.B.S

代表取締役 長谷川 学

住所:横浜市南区六ッ川2-47-1

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代弁者

こんにちは長谷川です。

1つ前の内容では高校生について書き始めましたが私にとってはすごく大切な事なのでここで少しだけ中学生に時系列を戻します。

中学生の時私はとても暗い孤独な時間を過ごしていた事はお伝えしました。

ただ、そこには傍らに実在の人の温もりではなく、いつも「音楽」がありました。

母親がホームオーディオ好きで(そんなたいそうなシステムではありませんが)毎日家の中では音楽が流れているのが日常でした。

人とは向き合ったりはしない孤独な少年も家に1人で居る時はスピーカーから出る音には心も丸裸にして毎日聴き入っていました。

音楽の世界に他人には言えない本当の自分の気持ちや居場所を見つけていたのだと思います。

ある人は本の世界で、またある人はスポーツ競技に没頭している時間などに私のような誰にも言えない自分の世界を創って様々な想いを馳せている。

そんな気持ちや時間、皆さんもきっとわかりますよね?

さて

私が中学生の当時どハマりしたミュージシャンがいくつかあります。その中で2大マイフェイバリットアーティストを言っちゃいます^ ^

1つは

THE.BLUEHEARTS

今の若い子にはもう知らない子も出てくるほど解散してから時が経ってしまっていますが間違いなく古き良き時代のカリスマバンドですね。

そしてもう1つは

X JAPAN

1度の解散を経てから復活を果たし、日本のロックシーンの礎となり今や世界を股にかけ名実共に認める日本が誇る大御所バンドになりました。

他にも感動を覚えた音楽は山ほどありますが当時の私を「救ってくれた」といった意味ではこの2つのバンドは私にとっての人生のバイブルとして心に焼き付いています。もちろんこれから先もずっとでしょう。

THE.BLUEHEARTSは歯に絹着せぬ言葉と言いますか、本当にセンス溢れる言葉選びとキャッチーなメロディーに独創的な演奏スタイルで当時の若者の心を鷲掴みにしました。なんと言っても「ピュア」です。

混じりっけなしの純粋さ、その中に見える危うさが正に私の琴線にふれました。

そしてX JAPAN(当時はただのX)はよりディープな世界観を当時としてはかなりセンセーショナルな音と映像を世の中にぶちまけて、熱狂的(もはや狂気^ ^)なファンを持つ新ジャンルの革命児として世に現れました。当時の世の中には若者から見ていくつも立ちはだかる壁がありましたが彼らの出す怒りと悲しみから来るパワーで一瞬でそれらの「常識」を壊して行きました。

多くの人が共鳴したのには私から見てですが明確な理由がありました。

彼らに限った事ではありませんが人々を惹きつけるだけの事を彼らはしていました。

その理由の1つは間違い無く

「代弁者」です。尾崎豊もその最たる者ですね。

そして「平均点」なんて全く狙っていません。

想っている事を伝えるのは大変です。

ましてや対象が世界ですから。

単純に物凄い勇気がいります。伝えるって事は怖くて怖くて仕方ないはずです。

誰にだって人には言えない心の醜さや弱さ、傷ついた事や失った物に対する悔しさや切なさがあると思いますがそれを自分の中から外に出すって……。

ちょっと普通じゃ出来ないですよ。

もはや異常です。

考えていては出来ません。心で生きる他ないと思いますよ。

それを彼らは抜群の表現力と卓越した「個」でやってのけます。

それまで誰もやった事のないやり方で。

(知らない人はどんな風だったかはyoutubeで見てね^ ^)

彼らの事を深く理解するよりもずっと早くに、聴く者の心が先に揺れてしまう。彼らの事をしっかりと理解出来るのに世の中自体にタイムラグが生まれていたのは間違いありません。

瞬時に虜になった。

そんな感覚を持った人も少なくないと思います。

彼らの音楽によって私は本当に勇気付けられ救われました。

大げさだと言われることもありますが生きる希望を持てたのも彼らの音楽のおかげです。

会ったことも話した事もないそれぞれの違う「個性」から、辛いのは自分1人じゃない。ありのままでいても良いと言われている。もっと言えば死すら肯定している。

孤独の淵で苦しむ者にとってその言葉がどれほど勇気と希望を与えてくれたことか。

きっとあの時代そのものが彼らを生み出したのかもしれないですね。

偶然ではなく必然だったのだろうし、正に時代の申し子なのかも知れません。

中学生当時、カウセリングによって直接的に救いの言葉を投げかけられた事も私にとっては貴重な時間でしたが、家に帰れば独りきりで過ごす事が多かった私にとっては音楽がそこに有ってくれたおかげで辛い時期を乗り切れたのは間違いありません。

そうして自然と「音楽」の世界に興味が湧いて来ました。

その中でも私は歌に特化して興味を持ち始めました。メロディーに言葉を乗せるだけでこんなにも人に感動を与えられるものなのかと彼らの音楽を知って驚嘆しました。

確か中学2年生が終わる頃だったと思います。

家に1人でいる時は彼らの曲すべてを一語一句覚えてボリュームをあげられるだけ上げて喉が枯れても歌いまくり、それだけでは飽き足らず隠れて1人でカラオケに行きそこでまた歌う。

当時はカラオケもまだそこまで普及はしておらずレーザーディスクで再生される機器が主流。映像も歌詞のみの曲が多く曲数もろくに入っていませんでした。

ただ、防音室。自分の最大ボリュームの声を出せる。

これが実は結構貴重でした。

日常で最大ボリュームの声を出す事って中々無いと思いませんか?

実に気持ちの良いものです。おすすめします。

曲数がないので同じ歌を何度も繰り返し歌います。

かなりメンタル鍛えられます(笑)

日常生活は大して真面目にこなさないくせに歌だけは一生懸命に歌っていました。

まるで自分の言葉のように彼らの楽曲を借りて外に吐き出している事が気持ちよくて仕方がなかったんでしょう。

そして高校生になってからも当然歌う事は続けていました。密かに。

そして高校2年生の学校行事中のバスの道中で1つの転機が訪れました。

続く〜^ ^

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メンテナンスサービス

皆さんこんにちは長谷川です。

塗装についての書き込みですが一流ブロガーみたいに読みやすくないですがそこはご容赦くださいね(笑)

さて

塗装の何について発信するかですが

初回である今回は戸建てにお住いの塗り替え希望の方へ向けて情報発信しようと思います。

戸建てに関わらず塗装対象物の多くにも関わってくる話ですが、ここは戸建ての塗り替え説明に照準を絞らせて頂きます。

まず戸建ての塗り替えとは?

「塗装対象物」を塗料にて紫外線や風雨などの自然影響から保護する事が一番の目的ですね。

今回は一旦色やデザインと言ったものは建物に対する付加価値だとお考えください。

戸建て塗装は大きく分けると

・屋根

・壁

・その他付帯物(軒天、雨樋、破風、扉、バルコニーなど)

と3つに分ける事が出来ます。(内装についてはまた違う機会に)

それぞれが合わさって1つの家ですがそれらには各々違ったものがあります。

☆部位に合わせて施工された塗料の持つ寿命です。

それぞれの材にはあらかじめ何かしらの保護膜が形成されています。この保護膜がなければ屋根や壁は昨今の気象条件であればものの数年で朽ち果てます。木部も樹種によっては持ちを良くする為に塗料を含浸する塗装が効果的です。

保護膜には無数に種類がありますのでこれについてはまた次の機会に。

私共の行う塗装業とは

「劣化した保護膜を塗料によって新築時以上に形成する事。もしくは保護膜の無い物に新たに形成する事」

を目的とした「メンテナンスサービス」です。

そしてその向こう側にお客様との出会いや人生への寄与がやり甲斐としてあります。

工事完了後の

「ありがとうございました」

「綺麗になりました。」

の笑顔と言葉は次への活力の源となっております!

今やDIYなどもブームになり塗装はどなたでも可能な事ではありますが我々は建築塗装のプロとして一般の方では難しい「早く、綺麗。それでいて高品質」といった部分でも専門知識と技術を適材適所に用いながら、お施主様と一緒にイメージの具現化を達成する為に一件一件楽しみながら工事に取り組んでいます。

上記で建物は自然からの様々な影響を防ぐために保護膜が必要である事はお伝えしました。

屋根や壁は材質が異なる為、それに合う塗料の相性も違います。

これらの違いについてですが本来建物はメンテナンスが必要な為新築時に施工管理担当の方から説明をされているとは思います。(されてないかな?)

保護膜を持たない打ちっ放しのコンクリートですら今では塗装でメンテナンスをし復元します。

年月とともにそれぞれが経過劣化していきますが、材質(保護膜)の違いによる劣化のタイムラグを知らずに同じタイミングでのメンテナンスを行うケースが多々あります。

メンテナンスサイクルの長いものを順に並べると

屋根≧or>壁>付帯物

です。

付帯物より屋根や壁の方が過酷な状況下にあるのはおわかりでしょうが付帯物に使う材料は比較的美観や手触りなどを重視するのでどうしても屋根や壁よりも耐久性の劣る塗料が使われるのが殆どです。

耐久性と美観は相反する要素があるのはなんとなくお分りいただけますでしょうか?

耐久性=要膜厚

美観=要膜薄

鏡のような肌(仕上がり)を塗料で表現するのに膜厚ついてしまう塗料では表現しきれない。と言えば少し伝わりますでしょうか?

材自体も屋根や壁に使われる材よりも耐久性は劣る場合がほとんどだと思います。

鉄製や木製の屋根はあまり見かけませんよね。(ありますよ?ログハウスとか倉庫とか。でも一般的な部材に比べて短いサイクルで要メンテです。)

やはり自然界に元々存在する無機質な物にそうした箇所を受け持ってもらう事で恩恵を受けていると言えます。

耐久性の劣る分、メンテ時期や塗料の選定をしっかりして屋根、壁とバランスよくメンテナンスしていきましょう。

4〜5年しか持たないものに10年間メンテナンス不要の材に合わせてメンテナンスサイクルを設定しているだろうなと思われる事が、普段建物を見ているとちょこちょこ見受けられます。

塗られていて綺麗ではあるが穴の空いたベランダ手摺やベニアの剥がれた軒天井を見たことがある方も多いのではないでしょうか。

こうしてメンテナンス時期を逃したものが際立って劣化し、塗り替えではなく交換を余儀なくされ余計なコストがかかってしまいます。ですから先ずは建物に使われている材の特徴を知っておくのはメンテナンスをしていく上ではとても大切な事です。

ではそのメンテナンスサイクルの時期(ここでは塗り替え時期)はどうわりだすのでしょうか?

これも定義があります。

それは塗料には材料メーカーの推奨する保証期間があり、メーカーの打ち出しているその品質保証がメンテナンス時期を教えてくれています。

最適な塗り替え時期は(一部の沿岸部などの環境を除いて)塗料メーカーが保証する期間がメンテナンスサイクルの推奨時期です。

この辺りの話を出すと同業の方から「いや、違う。もっと他にメンテナンスの物差しになるものがあるぞ!」とお叱りを受けそうですが、私に言わせるとメーカーの方達以上に材料の性質や使用手段において詳しい人はいないと思っています。

だって、研究してから作ってるんですよ?塗料を。

私は作れませんし、メーカーの説明を80%信頼致します。嘘をつかれていたら我々も被害者です(笑)

残り20%は現場でのイレギュラーな事例に対して塗料が追いつかない可能性があるかも?と言った自分への警告で20%です。

全てをメーカー側の説明で鵜呑みにしたりはしません。毎度その状況その状況で考えて施工します。

万能な物など存在しません

ですから経験が物を言う状況も多々あります。というかメーカーの方も施工側の経験をフィードバックしながら日々開発しています。

チョーキングについて

塗り替え時(改修工事)には施工前に我々が直接目で見て手で触れて外壁などの状態を確認します。塗り替え目安を示すものにチョーキング現象(白亜化現象)といった保護膜が乾燥して粉を吹き始めていたり、ひび割れや欠損があります。

メンテナンスの推奨されるタイミングはこのチョーキングが出ないタイミングが最適でコストも安くすみます。

某住宅メーカーさんは「当社の塗料であれば塗り替えサイクル20年保証」なんてうたったりしていますが、どんな塗料でもチョーキングや塗膜の剥離、屋根面や陽当たりの悪い北側壁面などの苔やカビから20年守り続け塗り替え当時の美観を保ち続けるのは正直無理な話だと言えます。塗料メーカーもそこについては保証はしないと思います。

メーカー保証の定義はシンプルに◯年間被塗装物に塗膜が定着しているかしていないかです。

美観、色褪せを塗り替え当時のまま保ちますよなんて一言も明記していません。

車のように月一で必ず家全体を洗車ならぬ洗家すれば良いかもしれませんが、月一で屋根に登って洗っている方の光景は私はおめにかかったことがありません(笑)

例えば

建物に人間の年齢を当てはめた場合、チョーキングが出た時点で中高年の人と同程度の老化を示しています。

ですのでまだ若い状態を保っている間にメンテナンスをしてあげる事で素早く簡単に生まれたての瑞々しい状態に近付ける事が容易になります。

中高年の状態から生まれたての瑞々しさにする事は建物では可能ですがそれなりのコストがかかる事はイメージ出来ますよね?(笑)

例外として素材の穴空きや過度のクラックや壁の壊れは人間で言うところの怪我です。

塗装では治りません(苦笑)

専用の修復作業をお願いしましょう。

☆保証について

品質保証の種類にも2種類あります。

無償と有償です。

無償保証とは施工後の一定の期間内であれば何かしらの施工不良箇所が見つかっても手直しを無制限で行う期間を無償と定義します。

当社では

屋根、壁は5年

付帯物は1年の無償保証としています。

普通に施工していれば最低でもその期間であれば不具合は出ないからです。その程度で不具合の出てしまう塗料など外壁塗装で使用することは無いです。

有償保証とはそれ以降(屋根、壁5年。鉄部1年経過後)のタイミングでの施工を有償としています。

これが本当のメンテナンスだとお考え下さい。

逆に言えば無償保証以降のタイミングで材料の持つ性能ピークは過ぎて行くものだと言えます。

それでも材料の持つ性能は例えば10年間はメーカー水準は保たれるだろうとメーカー側が品質保証をしているので無償保証以降も「有償保証」と定義されるのです。

艶落ちや軽度の劣化では材料の性能はまだ維持されているといった考えだとご理解ください。

屋根や壁は保護膜の種類にもよりますがおおよそ6年目から、付帯は2〜3年で大きく劣化が始まるとお考え下さい。

チョーキングやひび割れが出始めるタイミングもだいたい8年〜10年ほど経過した塗膜から出始める事が多いと思います。

☆人生を豊かにする為に

塗料は日々進化していますので我々扱う側も向上していかなければ行けません。

塗装業のプロは自分達の扱う塗料のプロであるとも言えます。メーカーは開発のプロ。我々は施工のプロです。

勉強不足は品質レベルの低下や無駄な工程、そして原価上昇へと繋がりお客様とのイメージ共有や具現化の低下へと直結します。

私自身はそれぞれの材の特徴や状況毎の解決方法を知っていればお客様のニーズにもすぐに気付けると考え、建物毎の違いにも気づけるアンテナを常に張っている様に心掛けています。

また当社スタッフにおいてもプロ意識を持たせ我々は技術を提供する「サービス業」であると伝えてから施工にあたるようにしています。サービス業である以上、対人関係を良好に保てるように日常的から社会人としての自覚や責任を求めます。

私達にもし出会ったならば是非とも責任ある要求をして下さい^ ^

お互いの人生を豊かにする為に我々は喜んでお付き合いさせて頂きます。

長くなりすぎましたので

大雑把で上手く伝えられているのか少し不安ですが今回はここまでにしたいと思います。

何か気になる事がありましたら是非お気軽にお問い合わせ頂きたいと思っています。

ここまでご覧頂きありがとうございました。

それではまた次回^ ^

塗装についてそろそろ書きます(笑)

当社のホームページをご覧の皆さま

こんにちは長谷川です。

ここに来て急に自分の仕事についての書き込みです^_^

何故かと言いますと……。

塗装に関して書かなすぎ!と言う声があまりにも多くてですね……。

果たして私は本当に塗装業をしているのか?と言った問いかけが出始めております(笑)

一応ブログを始める際に塗装云々に関してはネット社会である昨今は「塗装」で検索すれば私よりも遥かに優しく解説されている方が大勢いらっしゃいます。

その同業の方へ塗装に関する説明は丸投げするつもりでしたが、こうした媒体を使っているなら少しでもいいから触れておいた方が良いと言う多数の声にいい加減で応えてみようかなと思います^ ^

私なりの説明で恐縮ですが次回少しだけお付き合いくださいm(._.)m

続く〜^ ^

静か

皆さんどうもこんにちは

長谷川です。

これまでに中学生の頃についてかなりの駆け足で(これでもだいぶ端折ってます^ ^)書き綴って来ましたが、激動の中学生も終わりいよいよ私も華の高校生となりました。

……はいっ。嘘をつきました。

華の高校生活とはならないのがまた私の変わり者たる所以です^_^

以前のブログにも書いた通り中学生のときのツケを高校生活で私は払う事となります。

どうなったかというと…………

静かになりました、はい。

周りの華やかな雰囲気とはまるで別世界です。校内において俗に言う青春とやらは皆無でした^ ^

ちょっとした事にも物凄い熱量で喜怒哀楽を表現してきた中学生のときは違い、全くテンションが上がりません。

今振り返って思う事は

例えるならば、あれはガス欠です。

それまではかなり燃費の悪い生活をしてきました^ ^

どんな相手にも尖った態度で接し続けて来ましたが、それがおかしいと中学生最後にして気付いた私は高校生活の始まりと同時に考え方や物の見方に変化が訪れました。

何事も俯瞰で捉えるように。

特に意識してそうしたわけでは無かったと思いますが自然とそうなっていました。

周りの学生がキラキラして見えたのも余計に私の中では色濃く区別されたのだと思います。

今の私の特技にその人の本質を見抜く目があると思っています。

他の人からの情報であったり評判とは別のもので、あらゆるフィルターを通さず自分の感じるままにその人を見る心の目?があると私は捉えています。

もちろんその時のコンディションによって精度のばらつきは感じられますが基本的に大まかな人の区別は出来ます。

区別とは。

嘘か本当。善と悪。生と死。

みたいなものですね。

これ、誰でもわかるだろうと思われるかもしれませんが意外と難しいです。

例えば……

100人に嫌われていると言われる人があなたの前に現れました。(あくまで犯罪者にならないレベルでですよ^ ^)

その人は恐らくあなたに悪態をつくでしょう。まるでいつかの誰かのように……^ ^

これってとても面倒な状況ですね。

おそらく誰しもが「嫌われている人」といったフィルターを通してその人間を捉えて接する事でしょう。

このフィルターが非常に厄介です。

このフィルターが自身も相手も人生を大きく左右します。

面倒なので多くの人は「自分はあなたを嫌ってはいない」といった態度で接するのは想像するに容易だと思います。もしくは適当な相槌で終わり。

後で「あれはやっぱり評判通りの嫌われ者だ」と揶揄するかもしれません。

それが重なって100人ですから。

その場を当たり障りなく適当にあしらうのが最善と考えるでしょう。

皆さんはこの状況を見てどこに本質を見出しますか?

私にとっての「本当」は100人に嫌われている人です。

「善」であり「生」であるのはどう考えてもそちらです。

100人が嫌う人でさえも1000人規模で見てみればその中に嫌われ者を認める人も1人は必ず出るでしょう。

その1人にも類は友を呼ぶ法則がありますから必ず100人の同士が存在すると私は考えます。実際世の中誰かが誰かを必要とし廻っています。

自分の目の前の相関図ではなく世界規模でイメージすると100人の嫌われ者が100人の革命人である可能性の方がなんだか高そうです^ ^

バカバカしいと笑われるかもしれませんがこういった「勘」もバカには出来ませんよ?第六感なんて言いますが、ある日突然勘が働くようになんてなりませんからね。日々のイメージの積み重ねで降ってくるものです。きっと。

嫌われる道にいる人は誰かに悪態をつく態度も当然止められたりしてきたでしょうが、世の中を変えたくて常識を破るためにあえて嫌われ者を買っているかもしれません。

忘れてはいけないのが誰もが羨む「勇気」の持ち主であるのは間違いありません。

しかも100人に嫌われてもまだブレない芯の強さに魅力すら感じます。

私はそうした人が目の前に現れると瞬時に好奇心が湧きます。

だって少なくとも一歩は踏み出してますよ。

最初は嫌われてなかったんでしょうから。道の始まりにもし二択が選べるとしたらほぼ全ての人が嫌われない道を選ぶでしょう?

立ち止まっていたら後退しているのと一緒です。時間はとまりません。

やりたい事があるなら周りの人に何を言われてもやり通す事。それこそが生きる上での人の持つ本質だと私は考えます。

私にとっての善は誰かにとっての悪であるように、幾重にも人間模様は重なって見えるかもしれません。それでその人の全てを決めてしまうにはあまりにも勿体ないです。

ぜひ心の色眼鏡を外してフィルター無しで見てみてください。

全てはゴールからの逆算においてたまたま善であり悪だっただけでしょう。

やり遂げてしまえば必ず人々に感動を与え賞賛されるのが世の常です。

100人からの嫌われ者はいつか100万人の救世主になるかも?しれません^ ^

と……まぁ妄想の中であまりにも極論をまくしたてましたが、

こうした感覚みたいな物は高校時代の「静か」の中で研ぎ澄まされ社会で役立つ事となりました。

その当時の根暗君には知る由もありませんが^ ^

そして

「出会い」の価値にも気づいて来た年頃。

続く〜^ ^

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