百獣の王⁈

どうも長谷川です。

カウセリングに約3ヶ月程通ったかと思います。

学校を休まず、さぼらず、3ヶ月通った事はそれまでありませんでしたが、カウセリングに行き出してから学校はおろかカウセリングも休まず行くようになっていました。

続ける事で自分でもやれる事はあるといった自信や、続けたからこそ感じ取れる実感みたいなものが自然と身に付いていました。

そんな事当たり前だと思われるかもしれませんが、決められたルールの中で自分がコントロールされているような感覚を持っていた少年は決まった時間に学校へ行く作業がたまらなく退屈だったんです。

そう思うと私にとってカウセリングは大きな一歩を踏み出すきっかけになりました。

今思うとこれが私の「スタート」だったと思います。

カウセリングの締めくくりにカウンセラーから診断結果としてこう言われました。

「先ず始めに、貴方の中にはライオンがいます。貴方はそのライオンを飼いならす事がまだ出来ていません。」

もし他の人がこれを言い渡されたらきっとくだらないと笑ったでしょう。

ですが私は言葉を失いました。

だって、この数年間、正にそれに悩まされていたのですから。自分の中の何かに。

いつでも「何なんだお前は?」「何をしたいんだ?」と聞かれるばかり。

それがわからないから壁にぶつかっているのに。

ライオンがいたのかよ⁉︎です。

カウンセラーから続けて

「みんな心の中には何かしらの象徴を持っている。優しさであったり怒りであったり、その人自身を衝き動かす原動力となる物があります。

それが長谷川君はたまたまライオンでした。ライオンとは例えですが、多くの人は一見凶暴性を思い浮かべると思います。

長谷川君はそれによってここまで苦しんで来たのでしょう。抑えきれない感情でしたね。

その一方でライオンには家族の主としての強い正義感と責任感があります。

長谷川君にとっての家族は血の繋がった親兄弟だけではないですね。大切な人全てですね?

そう考えているあなたの想いを、周りが無下に扱かう事であなたの自尊心が傷付けられる。そんな人達からあなたの事をわかったように言われる事もあなたはすごく嫌いますね。

なんでいつもこうなるんだと、こんなはずではないんだとずっと悩んでいます。

あなたはその事を恐れて常に衝動的に行動しています。加減も出来ていませんね?

そうして常に、外敵に対してアンテナを張り続けて自分の縄張りを守る。

正にライオンです。」

はい、ドンピシャです。

カウンセラー恐るべしです。彼女の掌で転がされています。

「でもあなたの事はあなたしかわかりません。あなたの自尊心を傷つけようと近づいて来る人がいたとしたら、それはもしかしてあなたにも問題があるかもしれません。

周りではなく、まずあなた自身を変えましょう。

凶暴性だけではあなたのすばらしさは伝わりません。人を傷つける事はあなた自身を傷つけるのと一緒です。少しずつライオンとしての正しい振る舞いを覚えなさい。

あなたの中のライオンはあなたしか飼い慣らす事は出来ません。

でも、長谷川君はここまでよくがんばったね。お疲れ様^ ^

だから、もうそろそろ自分を大切にしてもいいんじゃない?」

もう……返す言葉なんて無いですよ。

ただただ泣いていました。

でも、哀しくて泣いていたのではありません。

続く〜^ ^

対話

どうも、長谷川です。

私の中でカウセリングを受ける人とは少し別の世界の人だと思っていました。大体の人もそうだと思いますが、自分には関係のないものだと思い込んで生きてきました。

なのである日自分が突然カウセリング施設に居る事に違和感があります。

何かの間違いだと信じ込んでいました。

ただ、強制的に特異な環境に飛び込んだおかげで、自然と自分の事を省みる時間が長くなります。

これまでに自分が人を裏切り、傷つけ、騙し、盗み、嘘をつく。それは自分自信に対してもです。

自分を見失うとわかります。

ああ、自分の為にカウセリングがあるのかと。

そして、いよいよカウセリングが始まりました。

まず初めに、ある冊子を渡されました。

それには自分の言葉や発想で書き記す為の

いくつもの空白が設けてありました。

例えば1つの景色だけ書かれている物に自分で題名をつけたり、または漫画の様な連続した絵の中に登場人物の会話だけ吹き出しが空白の状態で、絵から連想される会話を自分で埋めていきます。

特に制限時間を与えられる訳でもなく、今日はこれとこれをやってくれる?と言われて淡々とこなしていく作業でした。

カウンセラーの女性も傍で見守っている感じで、私の特徴や変化を見逃さないようにされていました。

そして軽い談笑を交えてその日は終了でしたが、部屋を出る前にカウンセラーの女性から「この中だけなら煙草も吸っていいし、いつも通りの長谷川君で自由にしていいよ」と言われました。

この人は本物だ。本気で向き合うつもりだ。

そう感じ取れました。

正にストレスフリーの様な空間、たった一冊の冊子ですが自分を自由に表現できるまたと無い機会である事に私は気付きました。

カウンセラーの女性の意図は何となく汲み取れました。少なくとも親や学校の先生など身近な大人にはない物を与えてくれる人であると認識しました。

学校へ行くと友達はにやけ顔で「どうだった?」「何て言われたの?」と茶化して来ます。答えに戸惑います。

もう私は異常者扱いです^ ^

ですが、もう行きたくないとは思いませんでした。

翌日からまたカウンセラーの女性との心の対話が行われます。冊子以外にも、今までの自分を、そして今の自分、これからの自分の話をしました。

今までの人生において何が楽しかったのか、何が嫌で、何が辛かったのか。

心の中を少しずつ紐解いて行くように毎日時間をかけて1つひとつ、吐き出すように女性に伝えていきます。

そしてカウンセリングに通い続けて数日後、彼女から私の診断結果のようなものを告げられました。

続く〜^ ^

偶然⁈

どうも、長谷川です。

心の病を抱えた様な状況が長く続いて行くと当然の様に周りだけではなく自分にも優しくなれなくなります。

あの当時、自分を見失っていた私は正直生への執着はありませんでした。

やることなす事上手くいかず、全てが嫌で「この状況を早く終わらせたい」

その一心で、もがき疲れて無気力状態でした。

学校はもちろんの事、学校外においても問題行動を繰り返すようになり、他人だけにとどまらず自分までも傷つけ出した私に対して、母親は遂に周りに助けを求めました。

それは私のような人間の為にある「カウンセリング施設」でした。

きっと藁にもすがるような気持ちで母親はそこへ託したのでしょう。

確か中学2年生の秋頃でした。

カウンセリング施設は当時神奈川県警察の中に設置してあり、ちょうど学校においてクラスメートとのいざこざが原因で警察にお世話になるような事をした私を、母親はカウンセラーに相談しに神奈川県警察まで連れて行きました。

中に入ると当時は絨毯が轢かれた広いホテルのロビーのような印象でした。そこをうろつく暇もなくすぐさま1人の女性が話し掛けて来ました。

非常にフランクな女性で、私のような少年に「慣れている」ような印象を持ちました。

「長谷川君、待っていましたよ^ ^」

私は警察で自身の行いに対して何かしらのお咎めを受けるつもりで赴いたつもりでいましたが、むしろその女性にお客様の様に迎い入れられた事に困惑していました。

母親はというと、私がその女性に会ってすぐに宜しくお願いしますだけ伝えて別室へ消えて行きました。

女性に言われるがままエレベーターに乗り込み、上に上がって行くのを待っているとその中で女性が私にこう言いました。

「大丈夫、長谷川君の為にお母さんも私も今日ここにいる。長谷川君を傷つける様な事はしないよ、いつも通りでいいからね。」

母親から似た様言葉は実は何度も言われていました。

来る日も来る日も

お母さんは学を信じている。

思っている事を話して欲しい。

助けたい。

今なら心に響くものも、その当時の少年は「俺の何がわかるんだ」

の一言で全て掻き消していました。

しかし、その女性からエレベーターの中で言葉を投げかけられた時に、ぼんやりと感じた事があったんです。

「?……⁇いつも通りでいいのか⁈

それって俺を信じている?試されてる⁈

母親の言葉と同じって……。偶然じゃない⁈」

内心めちゃくちゃ焦っています。

その女性がカウンセラーである事はエレベーターを降りて、フロア内の一角にあるこじんまりした部屋に入ってから言われました。

女性「私は長谷川君のカウンセラーとしてお願いをされています。これから毎日学校が終わってからここに来て私と話しをしてもらいます」

私「⁇俺はおかしいって事か⁈」

女性「おかしくはないよ^ ^」

私「いやだと言ったら?」

女性「長谷川君の気持ちを尊重するけど、誰にも言えないような事があるなら話せる機会にはなると思うけど?何もないなら来なくてもいいよ。」

こうして私のカウセリングか始まりました。

続く〜^ ^

すれ違い

どうも皆さんこんにちは

長谷川です。

私の子供の頃は両親が共働きです。

義務教育が始まって割と早い時期から家に帰っても誰も居ない、俗に言う鍵っ子です。

父親は毎日私が寝る時間近くに帰宅。

母親も夕方まで居ないことが多々ありました。

両親が目の届かない時間がある家庭は今でもたくさんありますが、これが反抗期の引き金になったのかどうかは正直わかりません。

ただ、頭の中に残っている情景として

夕暮れ時の中、誰も居ない家で一人窓の外を見つめている。部屋の電気をつけるのは嫌いでした。

子供ながらに感傷に浸っていたのかな?

単純に、寂しいと感じていたのは確かです。

満たされない心の隙間。

持て余した時間の使い方は自分と似た人間と過ごすようになりました。

日中起きた出来事を理解してくれるのは家族ではなく、そうした境遇を感じ取れる同じ仲間に自然となっていきました。

昔は沢山いたんですね〜(笑)

家族とのまともな会話もほとんどありません。その日起きた事は本人からしてみれば「もう終わった事」

仕事から帰って来た親にわざわざ話すような事はしません。

初めて学校側や忘れた頃に聞かされる両親は実に不安だったと思います。

当然親子の間にギャップが生まれます。

お互い歩み寄ろうにも全く歩幅が違います。

少年は親や先生の考えている常識の先の先まで駆けて行きます。

そして大人と話す会話にもお決まりの質問ばかりが飛び交います。

何を考えているのか?どこへ行って何をしていたのか?悪いと思っているのか?

一見、質問されているようですが、実際は大人達が一方的に話しているだけだと感じていました。

これが「既成の枠」には収まりきらない心の問題ですから当然です。

どんなに綺麗事を並べても当時の少年には全く響きません。

むしろ逆効果です。

親といえど「その他大勢の人」と違わないと認識してしまいました。

では私の親は当時の私に対してどうしたのでしょうか⁈

続く〜^ ^

少年の声

どうも、長谷川です。

私の体験した反抗期とは

先の見えない闇の中をただただ己だけを信じて彷徨い続けるだけ。

そこに他人を受け入れるだけの許容なんてものはありませんでした。

荒ぶる感情に自身も振り回され、徐々に心は荒み乾いていきます。

そして自問自答の日々が続き、やがて心身も疲弊していきます。

孤独で憂鬱な日々です。

人前では目立つ行動ばかりですので表向きにはそんな風には見えないでしょうが、本人が一番辛いんです。

ここから少し脱線しますが。

過去、少年の起こす事件にバスジャックや人質を持って立て篭もりする様な事件がありました。

また、肉親を手にかけてしまうような悲しい事件もニュースにはなりませんが今も至る所で起きています。

あまり公に言える事ではありませんが、私は彼らの気持ちが何となくわかります。

社会的にはもちろんアウトです。決してそういった事を許してはいません。

ですが、私には苦しんでいる少年少女の声が聞こえてくるようです。

メディアや世間の声からは

「頭のおかしな奴がまた出てきた」

「動機も意味がわからない」

「金目当てか」

「育ってきた環境が悪い」

必要に大人達が自身の憶測で既成の型にはめていきます。

ですが、私から見たらこうです。

「彼等は気付いたらそこに立っていた」

その気持ちは彼等にもわからないものがある。

苦しんで、もがいて、駆け抜け出た先に、そうする事でしか自己を正当化する方法がなかったのではと思ってしまいます。

人を傷付けるつもりなんかは無いが傷つけるしか手段が無い。

それが他人だとも限りません。もちろん自分自身を傷つける事だってたくさんあります。

私見ですが、彼等の思いはきっと同じなのではないでしょうか?

ただ、自分が傷付いたから、傷付けられたから、その事を大切な誰かに知って欲しい。

この声を聞いて欲しい。

もう誰でもいいから自分の言葉を、存在を受け止めて欲しい。

そして、もしその声が聞けたなら、もし気づけたのなら、そこから見えてくる答えは私はシンプルだと思うのです。

続く^ ^

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